とよとみコーヒー
豊富正史さん
「35歳で独立したい」
徳島市東部の末広町周辺は、かつてたくさんの木工所が建ち並び栄えた“木工の町”。
末広大橋の袂に近い住宅街に位置する「とよとみコーヒー」も鏡台製作を営む木工所でした。
事業を営む両親の後ろ姿を見て育った豊富さんは、「35歳までには、何かで独立をしたい」と幼い頃からずっと思っていたそうです。
大学の農学部を卒業し、県外で営業職を務めた後、帰郷。
ジーンズショップで販売の仕事に就き、仕事にやりがいを感じていたといいます。
ところが折しも世の中はネット販売の時代に突入します。
商品知識を磨き、コミュニケーションを深め、懸命に説明した常連さんが、悪びれることなく「教えてもらった商品、ネットで買ったよ」と話すシーンにたびたび遭遇し、「これからの時代、他人が作ったものを売るのはますます大変になる」と感じるようになりました。
「自分で作ったものを売りたい」そう思うようになった豊富さんは、好きだったコーヒーで創業することを決意します。
良き師との良縁を結んでくれたニュービジネス協議会
最初は、ジーンズショップでの会社勤めを続けながら、小さな焙煎機を購入し、独学でコーヒーを学んでいた豊富さん。
ある時、生豆を見て、ふと「コーヒーも農産物なんだ」と改めて気づきます。
そして、後に師となる神戸・マツモトコーヒーの松本行広氏の存在を知るようになりました。
松本さんは世界中のコーヒー産地を訪ね歩き、「スペシャルティコーヒー」と呼ばれる選りすぐりの生豆を日本に輸入することに挑んだ第一人者。
「この人からコーヒーを学びたい」そう思った豊富さんは、知人の勧めで徳島ニュービジネス協議会の門をたたきます。
相談を受けた徳島ニュービジネス協議会は当時行っていた「インターンシップ起業制度事業」を使って支援することを決めました。
すでに30代で、まだ珈琲好きの素人の域を出なかった豊富さん。その道ですでに地位を確立していたマツモトコーヒーに突然、インターンシップ生として受け入れてもらうのは、とてもハードルの高いことだったと言います。
徳島ニュービジネス協議会は理事や顧問のつてを頼って、何度も足を運び、松本さんに交渉を重ねました。
最終的に、「豊富さん本人の熱意にも、周囲の熱意にも心動かされた」と2ヶ月間の研修が実現しました。
「良い師匠に受け入れてもらえて、本当にラッキーだった。
コーヒーの道は自分が考えていた以上に深く、あの研修のおかげで一生学び続けなければならないと覚悟ができました」と豊富さんは話します。
瞬く間に人気店に
インターンシップでの修行を終えた2003年4月、父親から受け継いだ木工所の工場の建物を活かして、自家焙煎コーヒーの喫茶店「とよとみコーヒー」をオープンしました。
この時も他の場所での物件を探していた豊富さんに「お店が魅力的であれば、客は探してでも訪れる。今、自分が持っている資源を最大限に活用すべきだ」とアドバイスしたのは徳島ニュービジネス協議会のアドバイザリーボードでした。
美味しい自家焙煎コーヒーに、モーニングやランチ、スイーツと充実したメニューを楽しめるカフェはタウン誌や地元新聞などに取り上げられ、閑静な住宅街という立地でありながら瞬く間に人気の繁盛店になりました。
「コーヒーの知識は、師匠にはまったくかなわない。けれどコーヒーを一般の人にもわかりやすく説明し、楽しんでもらう環境を提供することは、販売の経験を長年してきた自分だからできた」と、豊富さんは当時を振り返ります。
そして20年
コロナ禍の2020年、「とよとみコーヒー」は大きな転機を迎えます。
豊富さんはイートインをすべて止めて、コーヒー豆とお菓子のテイクアウトの店としてやっていく決断をしました。
今、かつて客席だったスペースには、新たな大きな焙煎機が設置されています。
「60歳になったらやろうと思っていたことが、10年早まりました」と豊富さん。
数年前のサードウェーブコーヒーのブームで、品質の良い豆を適切に焙煎したこだわりのコーヒーが徳島の町に溢れました。
そうした中で豊富さんは「これからは、個人が産地や焙煎についての理解を深め、好みの豆を家で楽しむ時代になる」と、接客をしながらひしひしと感じてきたと言います。
実際に、店を訪れるお客さんからコーヒーについていろいろ質問されることが増えていたのだとか。けれども喫茶対応で忙しく、じっくり話をできない状況を申し訳なく思っていたそう。
「コーヒーに興味を持っている人と対話をすることが、自分が一番やりたいこと。
20周年を目前にして改めて気づきました」と目尻を下げます。
今、カウンターには生豆や農園の特徴を書いたPOPが並べられ、店を訪れた人は豊富さんとの会話を楽しみながら、じっくり好みのコーヒーを探しています。
かつてギャラリーとして貸し出していた2階のスペースは、コーヒーに関する書籍や資料が並んだ、いわば豊富さんの私設図書館&ギャラリーに。
「ここに来ると、産地のこと、焙煎のこと、器具や淹れ方まで、コーヒーに関する最新の情報が手に入るような、そんな店にしたいんです。コーヒーに対する思いは年々高まっています。創業した時よりも、今のほうがずっと思いは強い。20年間、自分自身を叱咤激励し、学び続けて仕事を楽しんでこられたのは、創業準備期に心から尊敬し、一生背中を追いかけることができる師匠と出会えたことが大きな礎となっていると思ってます」
優しい人柄を象徴するような目尻のしわの奥で、少年のように瞳を輝かせながらそう話してくれました。
DATA
とよとみコーヒー
〒770-0866
徳島県徳島市末広2-1-42
TEL 088-655-8052
https://www.toyotomicoffee.com/
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